鶴岡市鳥獣被害対策推進員 兼 慶應義塾大学先端生命科学研究所所員
小野寺 レイナさん

家族でもあり猟犬でもある四国犬と

プロフィール

熊本県生まれ
東京都、神奈川県育ち

慶應義塾大学環境情報学部卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了
旧姓鵜野

日本哺乳類学会クマ部会員、日本クマネットワーク保護管理副委員長

遺伝子分野で博士号を取得し、その後、山形大学理学部との共同研究で、クマを研究対象に遺伝子分析と生態調査を行う。
クマ個体数推定プロジェクトや個体群調査や血縁行動分析に携わる。
現在もクマの研究者として、宮城県の特定鳥獣保護管理検討委員(クマ部会)、宮城大学非常勤講師などをしている。

鶴岡市の鳥獣被害対策推進員としても勤務し、市街地出没対応時の最前線の現場対応や、市内での出前講座などを担当。
農水省の農作物被害対策アドバイザーに登録し、宮城県の獣種別対策事業や山形・宮城の複数の市町村で研修会講師や、被害防止計画の評価を請け負うこともある。

私的活動においては、山形県猟友会鶴岡支部朝日分会にてクマの春季捕獲やイノシシ巻き狩り(複数人で広範囲を取り囲み、獲物を追い立てて捕獲する伝統的なグループ猟)などに参加。
麻酔銃による捕獲なども行う。

チャレンジのきっかけ

 小学校に上がるまでは、熊本県で暮らしていた。自然の豊かなところで、川で遊んだり、図鑑を見ながら鳥の名前を覚えたりした。自然が好きになったのは、この子どもの頃の体験がベースになっているのかもしれない。

 高校に入ると、図鑑の絵描きになろうと思い美術コースを選択した。しかし、次第に「絵が好きなのではなく、生き物が好きなんだ」と自分の本当の気持ちに気がついた。実際に動物そのものをもっと見て知りたい、動物を理解したい、動物の行動を解明したいという思いが強くなったが、その時はすでに卒業後の進路を決めた後で、志望校を理系の大学に変えるのは難しかった。そのため、文系理系といった既存の学問の枠にとらわれず学べる慶應義塾大学の環境情報学部に進んだ。

 大学では、遺伝子の研究をする冨田勝先生の研究室に入った。当時は、絶滅の危機にひんしているトキの野生復帰や、トキを遺伝子から復活させるというような話が話題になっている時代だったが、もし復活させられたとしても、生きていける環境そのものを残してトキを守らないと意味がないのではないかと思っていた。ただ、遺伝子について何も知らなかったので、感情論ではなくきちんと勉強して論理的に問題点を明確にしたいと思い、遺伝子の研究を専攻した。なぜこの地球上にいろいろな種類の動物がいるのか、どうして進化が起こったのか、どのような環境で生物の多様性ができているのか、遺伝子を通して知ろうと考えたのだ。遺伝子の世界は奥が深く、大学院でも研究を続けていた。

 その頃、鶴岡市に慶應義塾大学先端生命科学研究所ができ、所長になった冨田先生から「いろいろな研究や実験ができるから、新しい研究所に行ってみないか」と声をかけていただいた。それは楽しそうだと思い、全く縁のなかった鶴岡市に移り住んだ。

チャレンジの道のり

 初めての一人暮らしで、雪が降る環境にも慣れていなかったが、鶴岡市に来て野生動物がとても身近になった。もともと野生動物が好きで、個人的な研究活動としてワシタカやハクチョウの調査をしたりしていた。特にオオカミに興味があり、学生時代に他大学の研究室がモンゴルでオオカミの調査をする際に一緒について行ったこともあった。

 さらに、鶴岡周辺の山にいるいろいろな野生動物が見たいと、雪が残っている山に行き、動物の痕跡を探した。たとえば最初にテンが通ったから、ウサギはここで足を止めたとか、雪の上についた足跡からその動物の行動や心理が読めて、雪によってわかる情報量がものすごく多いことに気がついたときから、そのおもしろさで雪も苦にならなくなった。

 山形大学理学部との共同研究で、クマの遺伝子分析と生態調査も始めた。当時はクマを見ることはめったになかったので、地元の猟師さんに一緒に山に連れて行ってもらえないかとお願いをしてみた。しかし、当然のことながら、よその土地から来た何者かわからない人間は怪しまれ警戒された。そのため、「クマの生態をもっと知るために山に入りたい」ということをしっかりと伝えるために、猟師さんたちと同じ土俵に立とうと思い、狩猟免許を取得した。それからクマ撃ちの文化のある鶴岡朝日地域の猟友会に入れてもらい、春のクマ猟やイノシシ巻き狩りなどにも参加させてもらえるようになった。

 クマの生態調査では、捕獲されたクマの筋肉サンプルを猟友会から提供してもらい、遺伝子を分析した。親子判定によって、たとえば母グマが捕殺された場合、残された子グマはどこで冬眠していいかわからず、冬でも人里に出てくる状況が推察できるなど、遺伝的な切り口からクマの行動や習性を調査した。

リンク先:原著論文「親子判定で明らかになったツキノワグマ幼獣の単独行動」https://www.jstage.jst.go.jp/article/mammalianscience/49/2/49_2_217/_pdf                                                                                                                                                 

 その後、結婚して子どもが生まれ、それまでの研究者の仕事が続けることが難しくなった。人生の分岐点で悩んでいたとき、たまたま鶴岡市役所でクマやイノシシ、サルなどの野生鳥獣を対象にした鳥獣被害対策推進員を募集していると知った。子どもが小さくても自宅から通って働けて、動物に関わってきたこれまでの経験が生かせる仕事だと思い、令和元年度から鶴岡市で働き始めた。

結婚・出産を機に鶴岡市役所に勤務
猟友会で春クマ猟へ
稲を食べるクマ
稲を食べるクマ

現在の活動内容

 鳥獣被害対策推進員になった翌年から、市街地でのクマの出没が非常に多くなった。目撃件数とともに農作物の被害が増え、人的被害も起きた。そうしたクマによる生活環境や農作物などへの被害を減らすため、被害・生息状況の調査・分析、出没ルートの解明や対策のほか、地域の人たちに対して、クマが寄りつきにくい環境づくりの指導や出前講座、農家の人を対象にした被害防止策の研修、捕獲のサポートなど、クマ対応や鳥獣被害対策にあたっている。

 昨年2025年9月1日に「緊急銃猟制度」が施行され、その最前線で現場対応もおこなっている。住宅地などの生活圏にクマやイノシシが出没して人命に危険がある場合、これまで「警察官職務執行法」に基づき警察官の命令によって発砲・駆除ということもあったが、鳥獣保護管理法が改正されて「緊急銃猟制度」が新設されたことで、市町村長の判断で発砲が可能になった。
発砲を許可する条件は、
〈1〉クマなどが人の日常生活圏に侵入している
〈2〉人命や身体への危険を防止するため緊急に対応が必要である
〈3〉銃猟以外での捕獲が困難である
〈4〉発砲で人に危害が及ばないよう周囲の安全性を確保する
この四つを全て満たすことだ。

 鶴岡市が全国で初めて「緊急銃猟制度」に基づく市長による発砲許可の判断を下したのは、施行から約3週間後の9月20日だった。JR鶴岡駅近くにクマが出没し、住宅の敷地内にとどまっていると外出先に連絡が入った。すぐ現場に向かうと、クマは木の下で眠っていて動かなかった。当初、現場の状況から警察官の命令で発砲することを調整していたが、「警察官職務執行法」では、クマが動かない状態では判断が難しいと最終的にストップがかかり、こう着状態になってしまった。そこで、すぐに別の方法として、当時の皆川治市長に「緊急銃猟」の判断を求め、猟銃の使用が許可された。しかし、その直後にクマが動き出し、現場の危険性が高まったため、最終的には従来のように警察官の命令で猟友会のメンバーが発砲し駆除した。

 その翌月、現場でより迅速に対応できるよう、「緊急銃猟」の判断権限を市長から現場職員に委任された。自分ともう一人の鳥獣被害対策推進員がその職務につき、11月から12月にかけて3回、「緊急銃猟」による捕獲をおこなった。

 「緊急銃猟」を実施するには、法を遵守しているか再確認し、現場では人的被害を防ぎ、通行規制など周囲の安全性も確保しなければならない。厳格な要件を満たすことと迅速な対応の両方が求められる。責任は大きいが、猟友会の人たちから現場でのクマの痕跡の見方や、クマは暗い所に逃げ込んで隠れるといった生態など、いろいろ教えてもらったことが現在の現場対応にとても生きている。また、狩猟免許を取った時には想定外だったが、銃や弾丸の種類による貫通力の違いや、最大到達距離(どの範囲まで弾が飛ぶか)など銃器に関する知識も現場で役立っている。

残雪の山でのクマ狩り
冬眠穴から出てきたクマ
イノシシを集落エリアから排除するため、人慣れ具合と距離感を確認中

今後の目標・メッセージ

 クマによる事故を減らせればクマのためにもなるとの想いから、クマをはじめ鳥獣による事故が起こらないように対策し、対応していくことを第一に、被害防止に貢献したいと考えている。クマの目的は食べ物なので、例えばクマを寄せつけないよう家の外にエサになるものを置かない、柿や栗の実などは早めに収穫するといったことや、山に入るときはクマよけの鈴をつける、遭遇した時の安全な対処法など、不用意に怖がらず、正しく知って正しく恐れるための知識の普及に努めたい。

 日本ではオオカミが絶滅してしまったことが非常に残念だ。個人的には、もともとオオカミが好きなこともあり、動植物を絶滅させたくない。クマも多種多様な実を食べ、ふんとして種子を数キロメートル先まで移動させる「種子散布」をして豊かな森をつくっていく役割を担っているので、絶滅させず生物多様性を維持し、豊かな自然環境を次世代に残していければと思う。

 クマの人里への出没や人的被害も深刻な中で、保護と管理のバランスが課題だが、調査・研究によって行動や生態を科学的に証明しながら、人と野生動物の住み分けができることが一番の理想だと思っている。

(令和8年1月取材)